時間外労働の割増賃金率について

このところ、ロシアがウクライナに侵攻する等、世界情勢が混沌としています。
燃料や食料品などの物価も上がり、一方では新型コロナウィルス感染症の収束も見られず、先行きの不透明感が拭えません。
しかしながら、中小企業にとっては大きなインパクトのある法改正がいくつか控えております。
来月(2022年4月)からは、パワハラ防止措置の義務化、育児休業法・介護休業法の改正(育児休業法は、10月にも改正施行有)、社会保険制度の適用拡大、在職老齢年金の変更など、多岐にわたります。

来年(2023年)4月からは、これまで適用を猶予されてきた中小企業における1ヶ月60時間を超える時間外労働割増賃金率が50%に引き上げられます。

長時間労働については、これまでも色々とクローズアップされて来ていましたが、割増賃金率の引き上げだけでなく、上限規制の適用が猶予されている業種についても、猶予措置が2024年4月で終了する予定となっています。

長時間労働が見られる事業所では、その見直しが急務となるでしょう。

労働基準監督署の臨検

労働基準監督官が事業場へ立ち入り、労働基準法、労働安全衛生法等に基づく法令違反を調査することを臨検といいます。
臨検には、

  1. 定期的な臨検
  2. 労働者からの申告
  3. 労働災害の発生による調査

などがありますが、近年では労働者からの申告により臨検調査が行われるケースが増加してきています。
臨検にあたっては、殆どの場合、あらかじめ日時の指定がなされてきますが、度重なる違反が認められ、再三の勧告にもかかわらず改善されない事業場などには、予告なしで臨検が行われる場合もあります。
臨検は、法令違反の是正を目的として行なわれます。
労働基準監督官が労働諸法令に違反する事実を認めた場合には、通常「是正勧告書」による勧告を行い、使用者に違反事実の是正を求めます。
是正勧告書には、根拠条文、違反事実の内容、是正期日などが記載されますが、決められた期日までに是正を行い、是正したことが認められる書類を添付した上で、「是正報告書」により報告しなければなりません。
臨検時に提出を求められる主な書類は次の通りです。

  1. 労働者名簿
  2. 出勤簿もしくはタイムカード
  3. 賃金台帳
  4. 就業規則、賃金規程(常時10人以上の労働者を使用する事業場)
  5. 労働条件通知書
  6. 定期健康診断結果
  7. 時間外・休日労働に関する労使協定書など

これらの書類は、すべて法で調整を求められている書類であり、これらの書類そのものがないという事業場では、即、整備することが求められます。

次に臨検時において指摘されやすい事項を並べてみます。

  1. 時間外労働の協定未締結、未届
  2. 時間外労働に対する割増賃金(残業代)の不払
  3. 雇い入れ時の労働条件の明示の不履行
  4. 就業規則や各種規程の未整備や変更した場合の未届
  5. 定期健康診断の未実施
  6. 労働者名簿、出勤簿(タイムカード)、賃金台帳等の未整備や保存義務不履行など

臨検時に指摘された事項について是正を行い、期日までに報告することは先述のとおりですが、これを行わない場合や虚偽の事実を記載するなどの悪質な対応がなされた場合には、再調査や行政刑罰、逮捕、送検など、より大きな問題に発展する可能性があります。
また、賃金(残業代を含む。)の時効は2年間と定められています。
したがって、残業代の未払いなどが指摘された場合、最大2年間に遡って支払を命じられる場合もあり、経営に大きな影響を及ぼすことも考えられます。
日頃からしっかりとした管理を行っていれば、大きな問題になることはありませんが、臨検が行われた場合には、誠意を持って対応することが肝心です。
また、残念ながら指摘された事項があった場合には、その指摘事項は正に自社の問題であるということを認識し、しっかりと真摯に是正することが求められます。
是正を求められた事項によっては、労働時間や賃金制度など、企業の人事労務管理制度そのものを大幅に見直さなくてはならないケースも出てきます。
このような場合、付け焼刃的な対応で済ませてしまうと、後に大きな代償を支払うことにもなりかねず、自社の人事労務管理制度を抜本的に見直し、きちんとした対応をすることが求められます。
労働基準監督署から臨検の通知が来た場合には、慌てることなく、できるだけ早めに社会保険労務士に相談されるなどして、自社の労務管理における問題点をあぶりだすとともに、法令遵守を基本として、しっかりとした制度の再構築を行なうようにして下さい。
労働基準監督署の監督官も、真摯に是正に向けた取組みを行っていると認めれば、色々なアドバイスも含めて、自社の相談に乗ってくれるはずです。
「違反事項の取り締まり」と考えるのではなく、「改善に向けた指導」と考え、臨検に臨めば、自社のより良い制度構築の切掛けともなると考えます。

経営者が言ってはいけないこと

「明日からもう来なくていいよ。」
経営者であれば、一度や二度はこのセリフを口に出したいときがあるのではないかと思います。
個人の権利意識が多様化し、残念ながら自己主張のみに終始する社員が増えていることも事実であり、非常にもどかしい思いをされている方も多いと思います。
労基法では、労働者を解雇しようとする場合においては、「少なくとも30日前にその予告をしなければならず、30日前に予告をしない使用者は、30日分以上の平均賃金を支払わなければならない。」(同法20条)と定めています。
しかし、この予告を怠ったことによるトラブルが後を絶ちません。

冒頭に記した「明日からもう来なくていいよ。」の一言が、後に非常に大きな問題となってくるわけです。
いまや巷ではインターネットをはじめとする情報の氾濫で、非常に手軽に多くの情報が手に入ります。
ネットの検索エンジンで「解雇」と入力すると、実に2,600万件以上がヒットします。
つまり、解雇された従業員が、解雇が附に落ちないということでインターネットを検索すれば、手間をかけることもなく、膨大な情報を手に入れることができるわけです。
これまで、解雇の予告や予告手当の支払義務を知らなかった従業員が、ネットにある情報を見て、「解雇予告手当を支払え」と申し出てくることや、労働基準監督署に相談に行き、労働基準監督署から指導や勧告を受ける場合も少なくありません。
解雇には手順が必要で、それを省けば、無用なトラブルを招くということを肝に銘じておく必要があります。
また、解雇については、平成20年3月1日に施行された労働契約法において、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」(同法16条)と規定しています。
少なくとも就業規則において、従業員が遵守すべき事項(従業員の禁止行為)、解雇の事由、解雇の手続、懲戒の事由や手続などをしっかりと定めておく必要があります。
従業員の行った非違行為については、その都度、注意を行うとともに事後キチンと改善するよう促し、その記録を残しておくことも必要となるでしょう。
労基法20条但書では、「労働者の責に帰すべき事由に基づいて解雇する場合」については、解雇の予告あるいは予告手当の支払を除外できる旨、規定していますが、この場合には所轄労働基準監督署長宛に「解雇予告除外認定申請書」を提出し、認定を受ける必要があります。
この認定事由は、解雇予告制度により労働者を保護するに値しないほどの重大又は悪質な業務違反ないし背信行為が労働者に存する場合であって、企業内における懲戒解雇事由とは必ずしも一致するものではないとされていますので、注意しておく必要があります。
いずれにしても、問題のある社員については、日頃から改善に向けた指導や注意喚起を行い、記録を残すなどしておくこと、どうしても解雇せざるを得ない場合には、事前に専門家に相談された上で対処することなどが望まれます。