労働時間と残業代削減に向けた取組み

先日、あるクライアントから、「キチンと時間管理を行い、時間外労働時間に応じた残業代は支払わなければならないということは良く分かりました。でも、何とかして残業代を削減したいと思うのですが、具体的にはどのような方法で進めて行けばいいのでしょうか?」とのご相談を頂きました。
3回目に書いた「退職した社員から残業代の請求が」の中にあった3つの段階について、もう少し細かく教えて欲しいとのことでした。
早速、会社にお伺いしてインタビューを行いました。
その中であぶり出された問題点は次のようなことでした。

  1. 残業代を含めた賃金設計をしているが、基本的な賃金と時間外労働相当の賃金との区分が不明確であること。
  2. 恒常的に長時間労働が見られ、中には付き合い残業とも思える実態があること。
  3. 遅くまでいることが「是」というような風潮が社内にあること。
  4. 一部の社員から、残業代の不支給について問題提起をされていること。
  5. 就業規則、賃金規程が古く、現状との乖離が大きいこと。
  6. 業務の繁閑がある程度ハッキリしているにもかかわらず、労働時間に関し、変形労働時間制を採用するなどの工夫が見られないこと。

このような問題点を指摘し、改善に向けての取組みを行っていくご意思を確認させていただいたところ、代表者からすぐにでも手を打ちたいとのお返事を頂き、着手することとしました。
代表者は2代目で、正式には来期から社長に就任されることになっています。
彼は、これまで長時間労働を是とする社風にも問題意識を持っており、これでは若い良い人材を確保し、定着させる上でも問題があると考えていたようです。
今後は、他の経営陣の意識改革(これも重要なことです。)を皮切りに、従業員に対するヒアリングやこれまでの運用や実態の確認などを行い、まずは変形労働時間制の導入、それに合わせた各種規定の整備を行った上で、賃金体系の再構築を行っていくことになります。
賃金体系の再構築にあたっては月例給だけでなく、賞与、退職金、評価制度なども含めた人事制度の抜本的な見直しが必要となります。
一部には不利益変更となる要素が出てくることも予想され、従業員のコンセンサスも得ながら進めていかないと、せっかくの制度改定が、却ってモチベーションの低下を招くことにもなりかねません。
制度改定においては従業員の意向も酌みながら進めていくことが、その成否を握る大きなポイントとなりますが、幸いにして今回の代表者は、十分にその点を認識して下さっているようですので、きっと課題解決のお役に立てるものと考えております。

労働時間の管理と残業代

労働時間の管理と残業代について少し考察してみましょう。
残業代とは、法律上、「時間外の割増賃金」と定義され「通常の労働時間の賃金の計算額の2割5分以上5割以下の範囲内で政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。」とされています。(労基法37条)

現在、
(1)1カ月の合計が60時間までの時間外労働および深夜労働については通常の労働時間の賃金の2割5分以上、(2)1カ月の合計が60時間を超えた時間外労働が行われた場合には60時間を超える労働について通常の労働時間の賃金5割以上、(3)休日労働に対しては通常の労働日の賃金の3割5分以上の割増賃金の支払が必要です。
仮に、1日8時間、1ヶ月の平均労働日が22日の社員が月給400,000円で働いている場合、割増率を2割5分で計算すると、1時間あたりの時間外単価は2,840円90銭となり、月間40時間の時間外労働をさせた場合の残業代は113,636円にもなります。
ファーストフード店の店長による時間外・休日労働の請求が一部認容された日本マクドナルド社の事件(平成20.1.28 東京地判)については、記憶に新しいところと思いますが、これを契機としていわゆる「名ばかり管理職」の問題がクローズアップされ、多方面でその対策に乗り出しているところであります。

厚生労働省も、これまでの管理監督者の判断基準に加え、「多店舗展開する小売業、飲食業等の店舗における管理監督者の範囲の適正化について」という通達を発出し、一定の判断要素を示しています。
もっとも、この通達によっても管理監督者と一般労働者とが明確に線引きされたとはいえず、これを経営側が自身の都合の良いように拡大解釈することは危険であるといわざるを得ません。
小売業、飲食業、流通業だけでなく、他の業種であっても、管理監督者の取扱いの是非について、ご相談を受けることが増えていますが、根本的な問題として、タイトルの如く労働時間の管理と残業代の両面から考えていく必要があります。
長時間労働を改善するには、自ずと組織、人員、仕事の中身を検証しなければならず、これは一朝一夕でできるものではありません。

また、現在の賃金制度のまま残業代を支払っていくとなれば、場合によっては、企業の人件費割合が高騰し、経営そのものを圧迫することも考えられます。
付け焼刃的なその場しのぎの対応は、リスクの先送りに過ぎず、抜本的な解決には繋がりません。
コンプライアンス経営、リスクマネジメントといった言葉までをも「名ばかり」にするのではなく、会社の抱えるリスクに対して問題意識をしっかりと持ち、改善に向けて真剣に取り組むことで、結果として組織が活性化されるとともに業務の効率化が図られ、ひいては優秀な人材の確保、定着に繋がるものと考えます。

退職社員からの残業代請求

前回の解雇予告手当に続いて、今回は在職中に残業代が支払われなかったとして、退職後に残業代を請求されるケースです。
このケースの特徴としては、既に退職している元従業員ですから、会社に対して遠慮なく請求をしてくること、また、情報過多の時代、それなりに理論武装をしてから臨んでくること、場合によっては労働基準監督署などに相談の上で確信を持って対峙してくることなどが挙げられます。
実際このようなトラブルは非常に多く、換言すれば、どの会社でも起こりうる問題であるといえましょう。
「我が社は残業代を見込んで給与を設定しているから大丈夫」という企業もありますが、法律上これでは通らず、判例においても「基本賃金と時間外労働に対する割増手当とを明確に区分していなければならない。」とされています。
では、どうすればこのようなトラブルを防ぐことができるのでしょうか?
一つは、自社の就業規則、給与規程において、所定労働時間、時間外労働、時間外労働に対する割増賃金の支払等について、しっかりと規定し、それに則った残業代の支払を行うことです。
もう一つは、時間外労働時間を含めた労働時間の管理をしっかりと行い、それに基づいて実態どおり残業代を支払うことです。
「それができれば苦労しない、青天井で残業代を支払っていてはとても会社が持たない。」という声も聞きます。
しかし、法に則った形で工夫をすることで、一定の削減を図ることができるのです。
私がご相談を受け、実際に改善したケースでは、大きく分けて次の3つの段階を踏んで移行していきました。
①変形労働時間制の活用
②給与体系の見直し
③総労働時間の圧縮
書いてしまえばわずか3つの取組みですが、この実行プロセスにおいては、経営者、従業員ともに相当な理解を求めながら、進めていかなくてはなりませんでした。
厚生労働省では、近年「不払残業の撲滅」について、指導・監督を強化しており、これは退職者に関する問題だけではなく、在職者についても関係してきます。
賃金についての時効は労基法で2年と定められており、場合によっては退職者、在職者を問わず、過去2年分の時間外割増手当の遡及払いを命じられることもあります。
ちなみに平成19年度に労働基準監督署の是正指導を受けて100万円以上の不払残業代を支払った企業数は1,728社で、集計開始の01年度以降最多となり、支払額も過去最多の272億4,261万円、対象労働者数は17万9,543人で前年度と比べ3,018人減っているものの、1社当たりの平均支払額は1,577万円で、労働者1人当たりの平均額は15万円となっています。
長時間労働がもたらす弊害は割増賃金の問題だけでなく、過労死や過労自殺、心身障害などの要因ともなっています。
残業代対策だけでなく、長時間労働そのものを経営上のリスクとして捉え、早急にリスクヘッジを行うことが大切だと考えます。